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2009.05.04 知多市某店
年内いっぱい?
名物店が閉店

知多市某店
知多市役所近くの名鉄朝倉駅構内で25年にわたって営業してきた飲食店「浜〇綿」が、年内いっぱいでのれんを下ろすことになりそうだ。
不景気による来客減と、のしかかる税金などの負担が理由。
しかし店長の元プロボクサー「フェニックス谷〇」こと谷〇末〇さん(67)=同市八幡=は「人生、最終ラウンドまで何があるか分からない。ここで無理なら他の場所で」と、再開の夢を捨てずにいる。

カウンター4席と4人掛けのテーブル4つ。
夜は居酒屋となる12坪の店内には、演歌歌手のポスターや「あゝ上野駅」の歌詞が書かれた色紙に交じり、谷〇さんが1981(昭和56)年、故郷・宮崎県串間市に錦を飾った全日本タイトルマッチ前哨戦のポスターが誇らしげに飾られている。
けがや減量失敗でチャンピオンベルトを巻くことはなかったが、75年から8年間のプロ生活で全日本ジュニアフライ級1位にランクされるなど、輝かしい戦績を残した。
ボクサーになった訳は「店を持つため手っ取り早く稼ぎたかったし、駅で列の割り込みを注意できない弱い自分を変えたかったから」。
父亡き後、女手一つで育ててくれた母も亡くなって緊張の糸が切れ、選手としても潮時と感じて引退した。
15歳で刈谷市の鉄工所に就職したが、石油危機で経営悪化。
20歳でレストランの調理場に入り、ボクサー引退まで続けた。
所属ジムの会長の新聞店が知多市にあり、兄も勤めていたため82年に移り住み、1年ほど働いて現在地に店を持った。
5年前に心臓を悪くしたが、二度の手術を乗り越えた。
一押しのラーメンは食べ歩きや他店主の厚意で独学。
ニンニクの効いた「不死鳥ラーメン」と手づくり焼き豚が、多くのサラリーマンや市職員を元気づけた。
昨年ごろから客が激減し、金融機関も融資してくれない。
「世話になった人たちにすまない」と破産せずに踏みとどまったが、借金は増え続けた。
「まだ人生のセコンドには恵まれていない」という独身には、なおさら寒風が染みる。
しかし「最終ラウンド大逆転もある。嫁も自分の店もあきらめない」と断言し「明日にも金持ちが来店してポンと大金をくれたら、ここで続けられるかも」と“奇跡”にもちょっぴり期待する。
20日午後5時から、会費三千円で「さよならパーティー」を開く。
毎年大みそかの年越しに来店する父娘の常連客がいるので、年内いっぱいは開けておくつもりだ。

(08年12月16日 中〇新聞知多版 ちた特報ニュースのつぼ より)
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